Vol.1◆愛しの息子誕生

1998年12月18日、その日は出産予定日で産婦人科も最終検診となってしまった。
何故なら、私の通っていた産婦人科は計画分娩を主にやっていて、
予定日よりも早く出産してしまう人が多く、
私のように自然分娩をする人は20%しかいなかったのだ。
結局、その日のうちに出産しそうもなく、院長の勧めで計画分娩に変更。
やむを得ず、24日に分娩の予約を入れた。その後、帰路に着こうとするが、自分の心が納得しない。
苛立ち始めたとき、腰のあたりが少し痛み始めた。実は2日前の16日からおしるしが来ていたけど、
まだ大したことないと思って病院にも黙っていたのだ。
途中、ファミレスに寄るが、食事をするのもままならない。家に着いてからも、
生理痛の少し激しい痛みが数分間毎にやって来る。ハッキリ言って、
お腹から下を切り取って欲しいくらいだった。やがて夜になり、睡魔が襲ってくるが、
寝に着こうとするとまたもや激痛で目が覚める。
「あ゛~っっ!!もうなんなんだあぁぁぁぁっっっ」と叫ぶ私。
隣には布団の上でゴロゴロしている夫。見てるだけで腹が立つ。力を振り絞り、
夫に訴えかける「腰、さすってぇぇ~っっ」
・・・が、しかし、返ってきた答えは「やだ」・・・余計イライラしてくる。
きっと夫でなかったら、殺していたかもしれないほど腹が立った。
そんな日が丸々3日間続いた22日の夜中1時頃、
「これ、やっぱり陣痛だよっっ。早く病院連れてってっっ!!!」

あの腰の激痛を陣痛だと丸3日間信じなかったのに、
いざ我慢が出来なくなると、人間って弱い生き物だなと思う。
こればっかりは本人が体験してみないと分からないことだと思った。
病院に電話をして事情を説明すると、「すぐ来て下さい」とのこと。
夫にタクシーを呼んでもらって入院するために持っていくものを
詰めたカバン(事前に用意していたのだ)を持って、病院へと向かう。
途中、タクシーの中でも何回か陣痛が起こっていた。
だいたい10分程度で病院に着いてしまうので、病院を選ぶとき、
一番近い所と決めておいて良かったと思う。
病院について、内診、分娩監視器をつけてベッドで休む
・・・が定期的にやってくるあの激痛のせいで睡眠もとれずにいた。
夫は30分そこらで帰ってしまった。
また朝8時頃に来るらしい。
それから6時間余り、痛みと戦い、再び夫が病院へ。
・・・と思いきや、2時間も経たないうちに「ちょっと、遊んできていい?」
・・・仕方なく「1時までには帰ってきてよ」と伝え、夫がいなくなった5分後ぐらいで破水。
ナースコールで看護婦さんを呼ぶ。
「破水したんですけどぉぉ~」
なんて情けない声なんだと思いつつも次々と来る陣痛の波。
その後、分娩室へ移動。
担当してくれた看護婦さんは婦長さんだったらしいがそんな事は関係ない。
とりあえずは痛みを紛らわす話し相手になってくれたので、痛みに耐えることは出来た。
そろそろ、いきんでいいらしく、力一杯いきんでいた。
陣痛の波が弱まると色んなことを考えていた。
「笑っていいとも」見れないなぁ・・・とか(笑)。
その約45分後、数回いきんだだけなのに発露し、
会陰切開をしてもらって出産→後陣痛(でもなんとも感じなかった)し、
胎盤の排出、縫合と、後の処置をしてもらってる間に我が子を抱くことが出来た。
時間は午後12時12分。涙は出なかったけど、こんなに嬉しいものなんだなと感動した。
立ち会い分娩ではなかったので、夫は側にいなかったが、
約束通り1時に戻ってきて我が子を抱かせてもらったらしい。
とりあえずは元気な男の子 に生まれてくれたようだ。

<1998/12/22/TUE 撮影◆生みたてホヤホヤ~★>
これから子育てに奮闘する日々が来るのは言うまでもない。

1999年1月15日 00:00
息子編